本日、久方振りでビッグな俳句大会(第3回 永田青嵐顕彰全国俳句大会)で入選をいただきましたのでご紹介します。 ちょっと長くなりますが。
永田青嵐とは、明治9年に淡路島に生まれた俳人です。三高時代から俳句に勤しみ、当時の第一人者であった高浜虚子の一番弟子として頭角を表しました。
一方政治家としての顔もあり、関東大震災当時の東京市長であり、帝都復活を早めた立役者。
鉄道大臣等も務め、現在の霞ヶ関永田町の地名の由来にもなったと言われる人物です。
その郷土の偉人を顕彰すると同時に、淡路島の洲本市を全国に発信する狙いから当俳句大会が設定され、今回がその第3回目ということです。
代表撰者の稲畑汀子は、知る人ぞ知るあの高浜虚子の孫であり、現在の日本俳壇をリードする第一人者。昭和6年に神奈川県で生まれ、小学生の頃から祖父の虚子、父の高浜年尾に俳句を学ぶ。父の年尾の死後「ホトトギス」の主宰を継承。
朝日俳壇やNHK俳壇の選者を歴任。当俳句大会の代表撰者を務めるのは無論祖父高浜虚子と永田青嵐との切っても切れない関係からでありましょう。
全国からの約5,000句の中から思いもよらず40句の中に入った次第です(入選率:0.8%)。今月の3月18日に、洲本市(淡路島)で表彰式が執り行われるというので行って来ようと思っています。
掲句に関しては説明の必要もないでしょうが・・・。 子供頃に垣間見た母親の姿の一瞬を切り取った回想句です。
農家の嫁というのはそれはそれは大変な重労働。誰よりも早く起きて朝食の用意、子供を学校へ送り出した後はきつい野良仕事が待っている。
夕方になって一息つく間もなく夕食の仕度。ただそれだけでは終わらないのが農家の嫁の運命(さだめ)。
夕食の後には、明朝に与える馬の餌を煮たり、子供らの破れた服の繕い、あるいは家業ともしていた煙草の葉の選り分け・・・等の
「夜なべ仕事」が待っている。
夜なべ仕事の最中に昼間の疲れで、ついうとうと・・・うたた寝をしてしまうのだ。
しかし、それを咎めようとは誰しもが思わない。母親の昼間の疲れをみんなが知っているから。 それを「許す」という、いわば家族の慈愛に満ちた言葉で表現したものです。尚、「夜なべ」は、日が短くなって夜の仕事が多くなるということから、秋の季語となっています。
by S 氏
この句を詠んで一瞬目頭が熱くなりました。
自分が学童期から学生又受験期の頃の母の慈愛の姿が走馬灯のように脳裏を回りました。
こんな母と子の関係は今時ないでしょうか?
100点!! by おとやん先生